コラム

2016/06/02

子育てについて

子育ての真っ最中は、子どもが早く大きくなってくれないかなと願ったものです。しかし、子どもが大学進学で家を出て行った時「空の巣症候群」に陥った時の何とも言えない寂しさは、私にとって初めての感情でした。子どもは、知らず知らずのうちに生きる喜びを与えてくれる存在だったのですね。
最近の子育ての、「しつけ」と称する子どもの置き去りニュースは、他人ごとでないように思えます。共働きである我が家では、しつけについての悩みが少なかったように思いますが、それを代わりにやってくれたのは、私の元気な母でした。子どもが成長してから聞いた話によると、母の孫育ては半端ではなかったようです。その甲斐あって成人した子どもに正されるこの頃では、生前の母が重なって「お母さん、ありがとう」と感謝せずにはおれないのです。
先日、本学の原田先生の親鸞聖人の降誕会でのご法話から微笑ましい話をご紹介します。先生のお寺の前住職様が逝去された葬儀後のこと。お骨拾いの際、関係者から荼毘にふされた仏さまのお骨の説明があったそうです。こちらが足、こちらが手、こちらがのど仏、こちらが頭・・・。その説明が終わったとき、小学校2年生の甥っ子さんが「こころは、どこにいったの?」と尋ねられたそうです。説明されていた方は、ドキッとされたでしょう!私は、その話を聞いてその男の子の日頃の生活を思い浮かべました。ご家庭では、阿弥陀さまへの敬虔な思いやお慈悲のこころについて、子どもが理解できるような子育てがあるんだなあと感心せずにはいられませんでした。
子育てには、正解はないように思います。親が一生懸命に生きている姿をみせながら「いつでもおまえの一番の味方だよ」と見守ることは、子どもに安心感を与え伸び伸びと生きる力を育むことになると確信します。子育てには、時間とゆとりがないと楽しめないと思いますが、色々な工夫と考え方次第では楽しい時間も作れるのではないでしょうか。振り返ると大変な子育ての時期が、一番生き生きとしていたように思うのは私だけでないと思います。


九州龍谷短期大学保育学科
水頭 順子

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