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【2022年度九州龍谷短期大学入学式 後藤学長の式辞】

2022 04.11 在学生

4/5(木)本学の講堂で執り行われました2022年度入学式での後藤学長の式辞を掲載致します。

式 辞

 目映いばかりの春の光に包まれて、このキャンパスに新入生の皆さんをお迎えすることができました。新入生の皆さん、ご入学誠におめでとうございます。皆さんのご入学を心まちにしておりました。心より歓迎いたします。また保護者をはじめご関係の皆さま、お慶びもひとしおのことと存じます。

 ここに振風講堂ご本尊南無阿弥陀仏の御前において、二〇二二年度九州龍谷短期大学入学式を挙行できますこと大変有難く尊いことと感謝いたします。ご承知のように、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、まだまだ世界中での混乱が収まらない中、規模縮小という異例の形ながらも、開催することができました。そして何よりも、新入生の皆さんが大学生活のスタートを切ることができたことは、喜びと共に安堵の思いで一杯です。

 先ほど、人間コミュニティ学科二十六名、保育学科四十一名、計六十七名の入学を許可いたしました。ベトナム、ネパール、中国、ミャンマーからの留学生の皆さんも入学してくれました。新型コロナウイルスや国の事情によって、まだ来日できていない留学生もおられますが、一日も早く一緒に学ぶことができるように願っております。

 さて、 皆さんは、本日より大学生として新たな一歩を踏み出されることになりました。これから二年間あるいは三年間の学びは、それぞれが選び取られた専門の領域の学問を究め、また技能を身につけることはもちろんですが、それ以上に大切にしていただきたいのは、真の人間として生きることであり、さらに言えば、真の人間として生きえているだろうかと自らを深く問うことです。それは私自身や、この私が身を置く社会や環境について、そして世界のありようについて問い考えることでもあります。人間として生きることの喜びや悲しみ、また傷みや苦しみを通してはじめて、まわりのすべてにいのちに対する共感が生まれ、真の人間性を磨きあげることができるでしょう。

 この度の新型コロナウイルス感染症は現代社会に生きる私たちに様々な問いを突きつけています。これまでの経済的活動や文化的活動を阻害するだけでなく、生命活動そのものをも脅かしています。営々として築きあげてきたものが如何に脆弱なものであったか、また如何に不確かなものの上に私たちの生活が成り立っているのか思い知らされます。さらには、得体の知れないものに対する恐れや不安、自己を過剰に守ろうとすることから、他への言われなき批判や攻撃、差別まで引き起こしてしまう人間の弱さが見えてきました。このような時だからこそ、しっかりと自分自身の足下を見つめる機縁としなければなりません。

 世界中の人々が、新型コロナウイルス感染症に対峙し、一人のいのちを何とか救おうと必死になっている時に、一度に多くのいのちが殺戮される愚かな戦争が突如として始まってしまいました。今も罪のない多くの人々がいのちの危機におびえているのです。それを思うと胸がはりさけそうです。もうすでに一ヶ月余りになりますが、残虐な殺傷と破壊が続いており、終息に向かう気配がなかなか見えません。そこに至る長い歴史と様々な背景があるのでしょうが、いかなる理由であれ戦争が正当化されることは許されません。戦争は死と破壊をもたらすのみです。

誰しもかけがえのない尊いいのちを生きています。そのかけがえのないいのちを傷つけ損なうことなどあってはならないことです。仏教の開祖であるお釈迦さまは、どこまでも非暴力を貫く生き方を説かれました。人間が生きる上で最も大切なルールは「生命を傷つけてはならない。生命を奪ってはならない」ということです。お釈迦さまの教えを伝える『ダンマパダ』という経典には「すべての者は暴力におびえる。すべての生きものにとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」と示されています。「己が身にひきくらべて」というのは、暴力によっていのちを傷つけられ奪われる側に自分の身を置いて考えてみなさいということです。傷つけられ殺されるいのちの恐怖や苦しみを自分自身の恐怖や苦しみとして受けとめるならば、決して傷つけ殺す側に立つことはできません。そして「殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」というのは、直接的であれ、間接的であれ、他のいのちを傷つけ殺すことは許されないことであり、さらに殺し殺されるような状況を作りだすことをも誡めてあるのです。私が私として生きている以上、対立することは避けられません。しかしながら、対立を超えていくことができるのも私たち人間であるはずです。暴力によって、対立を超えることはできません。自分は間違ってない、正しいのだと、いかに正義を振りかざして自らを正当化しても、そこには暴力を受ける一つひとつのいのちに対して、己が身に引きくらべるという思いが欠けてしまっています。それでは対立を超えることはできません。暴力を受ける側のいのちに対する痛み苦しみを思い、共感しようとすることがなくてはならないのです。

 これからの本学での学びを通して、是非ともいのちに対する繊細な感覚を磨きあげてもらいたいと思います。

 さて、本学の最大の特徴は、仏教の精神、ことに親鸞聖人のみ教えを建学の精神としていることです。本学の学びの根本は、建学の精神を理解し身につけることにあります。これはただ知識としての仏教を学ぶということではなく、これからの学生生活のみならず、人生のそのものの支えとなり、生きる力となるものをしっかりと学び身につけるということです。

 建学の精神は、皆さんの学びと別のものではなく、その根底にあるものです。大学での学びは、皆さん一人ひとりが明確な目標を持ち、それを達成するために、何をどのように学び身につけることができるか、つまり何ができるようになるかということが求められます。本学全体のディプロマ・ポリシー、すなわち卒業認定、学位授与の方針は「建学の精神を深く理解し、建学の精神から導かれた四つの実践目標〈知恩・自律・内省・平和〉を実現できる力を身につけ、所定の単位を修得し、各学科が定めたディプロマ・ポリシーを満たした学生に卒業を認定し、短期大学士の学位を授与します」と定めています。人間コミュニティ学科のディプロマ・ポリシーは、「一建学の精神を理解し、現代社会に対する深い知識とそれを表現する能力を身につけるために規定の〈教養科目〉を修得している。二高度な専門知識と実践力を身につけるために、それぞれのコース固有の科目を中心とした規定の〈専門科目〉を修得している。」と定め、保育学科は「一建学の精神を理解し、豊かな人間性と円滑な人間関係を築く能力を身につけている。二保育者として必要な専門知識・技能及び思考力・判断力・表現力を身につけ、保育現場で実践することができる。」と定めています。それぞれの学科において、皆さんの目標を達成するためのカリキュラムが準備されています、教養科目と専門科目からなる規定の単位を修得することにより、それぞれの目標を達成し、卒業が認定され、学位が授与されます。本学での学びの根底に、建学の精神があることを常に意識してもらいたいと思います。建学の精神の四つの実践目標は、

一、知恩 いのちの不思議を思い、感謝の心を育みます。

一、自律 自らを律し、自身の責任と役割を果たします。

一、内省 常に謙虚に自らの未熟さ、至らなさを省みます。

一、平和 共に生きる一人ひとりのいのちを重んじ、平和な社会を築きます。

 この知恩・自律・内省・平和という四つの実践目標は、すべて自らのあり方、生き方が問われるものです。仏教の出発点は、事実を知り、事実に立つことです。事実に立つと、当たり前ではないいのちの不思議に気づき、喜び感謝の心が湧きあがってきます。また恵まれたいのちを一瞬も無駄にすることなく大事に生きていこうという思いも出てきます。しかし、大事に生きようとすればするほど、大事に生きるどころか自分を律しきれずに無為に過ごしてしまう未熟さ、愚かさも見えてきます。そのように、自分自身の愚かさに気づかされる時、お互いを尊重し敬いあい、支えあう生き方が開かれてきます。

 皆さんはご縁があって、この九州龍谷短期大学に学ぶことになりました。皆さん一人ひとりが持っている可能性を最大限に発揮できるよう、教職員一同しっかりサポートしていこうと思います。まだまだ、新型コロナウイルスへの注意深い対応が必要ですが、皆さんも今ここでの決意を忘れず、学問のみならず、様々なことに挑戦し、人間として大きく成長してくださることを願っております。

 最後になりましたが、保護者の皆さまのご出席をやむなく一名に限定いたしましたことをお詫び申しあげるとともに、本日ご臨席頂き、あたたかく見守っていただきました皆さまにあらためて感謝の意を表します。ありがとうございました。今後ともご支援を賜りますようお願い申しあげ式辞といたします。

  二〇二二年四月五日

      学校法人佐賀龍谷学園 九州龍谷短期大学

                    学長 後藤 明信